インクナブラ

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家族のイデア・7 

 くらいまっくす後編。
 次でおしまい。



 

   ◆


 振られ、逆上して刃傷沙汰――。

 どこが魔女だと文句をつける余裕が僕にあるはずもなく。顔をかばった腕に再度走る痛みと熱に短く悲鳴を漏らしながら、転がるようにして廊下に飛び出した。

「手の込んだことするわりに――なんだそりゃ! 口封じか? 安易にもほどがあるだろそれは! ミコト!」

 悪態をつくあいだにも左腕と脇腹から血は流れていて僕はパニックに陥る。どうすればいいんだこれは? 血が、血が流れている。かなりの勢いで。止めなければいけない。だが二箇所で流れている。どっちを抑えればいいんだ? 生まれて以来ひさしぶりの大量出血に身を浸して、僕は犬のように四つん這いで部屋から離れる。

 その僕を追って、月のはかない逆光を背負った妹が現れる。

「しかたないじゃないですか、そんなの。お兄さん、のせい、でっ、あたしは魔女になれなくなった! だったら! 責任をとってくれなくちゃ――」
「だから、意味がわからないんだよ!」

 階段への位置へ陣取られて、わずかに残った僕の冷静さも蒸発してしまう。階下にいけないということは――外に出られないということだ。それともまた何とか部屋に戻って窓から飛び降りるか? それもぞっとしない話だった。

 藁にすがる論理そのままに、僕は行き止まりと分かっている廊下の奥へ走る。足がもつれる。その間に妹は僕へ接近して――また背中に熱。叫びながら振り回した拳が偶然その華奢な肩に当たる。小さな体はあっさり反対側の壁にぶつかって、小さくうめき声を漏らす。だが瞳の光はまるで萎えない。手にしっかり握ったナイフの物騒なきらめきも衰えない。

「つっ、いってぇええ……!」

 組み合ってナイフを奪えばあるいはどうにかできたのかもしれないが、そこまで論理的な思考が働かなかった。何度も言ったがもう今日は僕の頭は営業終了だ。そもそもナイフを持った魔女娘との格闘なんて、たとえ思考が正常だったってうまくこなせるとは思えない。

 突き当りを右へ。奥には壁、ではなく――

 母さんの部屋。母さんのものだと思っていた部屋。開かない部屋。魔女の部屋。この気狂った館の中心、――そんな呼び名はどうでもいい。あそこなら鍵がかかるはずだった。僕はさらに足を飛ばして――

 不意に風鳴りを感じて頭を下げた。

 壁に手斧が突き立った。

「――――ひ」

 手斧?

 斧だ!

 洒落になっていないまるで洒落になっていない。魔女とかそういう問題ではない。僕は下半身がわずかに湿るのも構わずに走る。ドアまではあと数歩。そこまで行けたとしても斧なんか使われたら意味はないかもしれないが、とにかく走る、走る、何も考えずに走る。走って――

 ようやくノブに手がかかる、と思った瞬間。

「あ、?」

 ドアはまるで魔法のように、|独りでに開いた《》|。僕は勢いを殺せないままに、頭から開いた隙間に飛び込む。体が床に擦られる。傷口が今になってひどく痛み出す。だが倒れているひまはない、すぐに立って鍵をしめないと――妹に追いつかれてしまう、背中を押す強迫観念の命じるままに立ち上がろうとして、――

 目の前に魔女がいた。

「――ようこそ、魔女の部屋へ」

 頂点が折れた、どこで売っているのかわからないくらい大きな三角帽子に、夜の色をした貫頭衣。手には箒。足には安くてくたびれた、いかにも履き潰す寸前という状態のスニーカー――はミスマッチだったが、ともかくそれは――

「って、なんでそんなコスプレしてるんですか、先生!」
「――いや、一応正装だから、コレ。ばかっぽいのはわかってるけどさ」

 控え目に言っても馬鹿みたいな仮装をしたその魔女(先生)は、そう言ってにやりと笑う。それはこの一年で見慣れた、問題を前にして「わからない」と降参した生徒を前にした先生の顔だった。

 同時に踏み込んできた妹も、先生の姿を見て当然驚く。斧を手に提げたままで。だが、驚愕の対象が僕とは少し違っているようだった。

「あなた――どうして、まだいるんですか」
「そうしたもこうしたもないでしょうが、この馬鹿」先生が鼻を鳴らす。「『不合格』で、そのうえこの生活を長引かせるために腰まで振ったお兄さんに振られてショックなのはわかるけど、さすがに殺そうとするのはやりすぎでしょ」

 状況が僕を置いて行くのは、これで何度目だったろう。不合格とか、どうして魔女の扮装を先生がしているのかはわからないが――

「ちょっと待ってください」傷の痛みも忘れて、僕は呟いた。「じゃあ、先生も、やっぱり?」
 先生が臆することなど寸毫もないとばかりに笑顔を見せた。
「そう、グル」
「――ずっと? 親父とのことは?」
「うん、ずっと」あっさりと先生は頷いた。「お父さんとのことは、まあなんとなく流れで――」
「ちがう!」

 妹が声を上げた。

「嘘つかないで、あなたがめちゃくちゃにしたんじゃない! せっかく――あたしが、うまくやってたのに!」
「人のせいにしないでくれる?」先生が妹を見て鼻を鳴らす。「ガキが惚れたハレたでこんなアホくさい試験、二年も長引かせてくれちゃって――おかげでスケジュール滞りまくりじゃないのよさ。どうしてくれるわけ?」

 激昂する妹とそれを受け流す先生。構図は単純だったが、何を言っているかはまるでわからない。全容が途方もない上にひどくファンシーな方面に傾倒しているようだというのはわかったが、しかしそれと手斧に流血というのは不釣合いにもほどがないだろうか?

「あの、先生」僕はおずおずと挙手する。「試験って――」
「ああ、魔女試験」まるでそれだけで全てを説明できるとでもいいたげな先生だった。「ほら、ジブリ。魔女の宅急便でさ。修行に出るでしょ、それでデリヘルのバイトしつつ最終的にはなんかうまく綺麗にまとめるやつ。ブタが人間に戻るの」
「最後のは混ざってますよ。ていうかデリヘルはまずいでしょ」一応突っ込んでから、僕は頷いた。何かを悟った気分だった。「でも、まあ――わかりました。なんだかわからないということは、わかりました」

 理解する事を諦めれば、不可解さに苦しむこともない。僕は傷の熱さにあえぐ。だが――わかったこともある。先生が全てのことに関わっていたのだとしたら――足りていなかったピースもきっちりと埋まる。今さらその種明かしを求めたところで先生はあっさり却下するだろうが、とりあえず僕は僕なりの解答を手に入れることができた。それで満足するべきだろう。

「きみは優秀な生徒だよ、ユルギくん」いったい何が楽しいのか、血だるまの僕を見て先生は笑う。「あの馬鹿娘とは大違いだねえ」

 妹は先生の揶揄を、もう聞くつもりはないようだった。魔女の得物としては物騒に過ぎる斧を片手に、じわり、と間合いを詰めてくる。血を流しすぎた僕はどう考えたって現実離れしたその光景をかすむ視界の中にとらえながら、ゆっくりと意識を手放していく。もう眠りたかった。目ざめればすべてが夢であることを期待して――事実そうだったとしても、僕は何も驚かない――誘う睡魔の囁きに身をゆだねようとする。

「さて」朗々と、詩を吟じるように、魔女の姿をした先生が箒を腰だめに構える。「デウス・エクス・マキナも登場の頃合だ、いいかげんあたしたちは舞台袖に引っ込むとしよう――」

 次に見た映像がこの悪夢の幕引きを担うのだとしたら、僕はもう笑うしかないだろう。兄貴と妹が何をするより、親父が誰と不倫するより、世界の欺瞞に気付くよりもたちが悪い。
 轟音がしじまを切り裂いて、眠りも間近な僕の鼓膜を叩く。火薬の匂いが鼻をつく。顔の判別も出来ない人影が、箒から放たれたゴム弾の直撃を受けてもんどりうって倒れ――

 そこで、全ては途切れている。
 


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[ 2005/12/27 01:37 ] 家族のⅠ | TB(0) | CM(0)
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