インクナブラ

 主に創作小説を掲載します。

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ABCD-1-P 

ほとんど人の来ないのをいいこと掲載の遅れたABCD序文をようやくあげ。
続き物だけどこのエピソードはだいたい百枚くらいで収まる短編を目指す。
がんばる。

でも今は……マズい中華を食って五臓六腑がスタンピード。


<追記>
HTML版をチャチャっと作ってみました。たぶんコチラの方が見やすい。

一話





――P.


 カーテンが引かれる。
 日の光が満ち溢れる。

「家族は死んだ」

 その女は低い声で唐突に言う。

「でも家族ってなんだろう? いったいなにが家族だったんだろう?」

 朝野は思わず手元の作業を止めて顔を上げる。突然に図書館の静寂を突き破った女に意識が引かれたのである。けれどそれは女自身やその言葉に関心があったわけではなく、ただの反射でしかない。
 女は西日を背負っている。だから女の体の前面はすべて陰になっている。過剰に動かされるその細長い手足とあいまって、朝野は影絵の芝居が始まったのかと錯覚する。

「連想されるのは、たとえば父親や母親の顔だ。名前だ。けれどそれは本質じゃない。彼らは家族という概念の担い手であって、家族そのものじゃない。家族は人じゃない」

 書面を読み上げるように訥々と声は響く。朝野は作業に戻ろうとするが、言葉の切れ間をつかめない。女の言葉が落ち着かなければ、朝野は本の整理を再開できない。女は言葉を続ける。

「居場所のことかな? 群れや、帰属する共同体を示すんだろうか? 家はずっとわたしたちのそばにあった。きっと犬と同じくらい近しい存在だ。群れは共同社会(ゲマインシャフト)から利益社会(ゲゼルシャフト)へと移り変わり、洗練されたといわれる。近代社会の基底となったのはもともと動物が持たなかった概念だ。いわば現在の世界のありようの何割かは、獲得したものだといえる。与えられたものではなく……」
「ゲゼルシャフトのあり方は人為的なだけに、個人間の繋がりが希薄だ、といわれています」

 口を挟んだのは、朝野の隣で薄汚れた本をめくっていたサーシャ・ロウだ。異国の血が強い面立ちには、夕陽によって陰影が濃く刻まれている。サーシャの顔は柔らかい彫刻のようだと朝野はいつも思っている。
 アレクサンドラ・ドミートリブナ=羅は、変人の演説に戸惑うばかりの朝野とは違う。やめとけよ、と目配せする朝野を無視して、長く白い首を女の方へと向けている。

「希薄!」と女は愉快そうに言う。

「そのとおり。利益社会には追及すべき目的がある。その前で、隣人は隣人としての価値を貶めざるをえない。ところであなた、『共同社会』の項を辞書で引いたことがある? 人間に元来から備わっている本質意思によって統合された有機的な社会、とかなんとか書いてあるでしょう。誰だったっけ、ふぇ、……え? そう、フェルディナンド。『フェルディナンド・テニエス』! 家族は血縁で結びついている。読んで字の如く、家族は家と族(うから)で構成される。それは天然自得のもの。プラトンが唱えたイデアみたいに。でも……」
「それはただの言葉じゃないか」再びサーシャが呟く。
「あなた! 人のセリフを遮るのが好きなの? あまりいい趣味じゃないわ。気をつけなさい」

 気分を害した風もなく、それどころか楽しげに、女は喋りつづける。

「でもそのとおり。家族は果たして〝わたし〟の本質に含まれるのか、それを構成するのは天与の性なのか……。言葉は定義を欠いては成り立たないけれど、こうまで広々として誰にとっても明快なものにもかかわらず、同時に誰にとってもずれている言葉は珍しい」それから小声で付け加える。「と言えないこともない」

 女の演説はそこで一段落なのか、あるいはただ喋るのに疲れたのか、細身の影は肩で息するようにして言葉を止める。影にまみれた女を目にしながら、サーシャは興味深そうな顔つきで朝野に問いかける。

「家族ね。確かに人によって実体はだいぶ違うかもね。そういう言葉ってほかに何かあるかな。朝野、なんか思いつく?」
「愛とか、恋とか?」

 サーシャの水の向け方があまりにも巧みで、朝野は質問に答えてしまう。

「愛。恋。いいねそれは。なるほどたしかにそうだ。それにロマンチックだ」

 似合わないよ、と言われているような気がして朝野は赤面する。今が黄昏時であることを心中ひそかに感謝する。

「……いやサーシャ、俺に聞かないでよ。巻き込まないでよ」
「なんで。面白いじゃない、あの人。街中でスピーカー持たせたらモテそうだよ」
「スピーカーはいいけど。刃物は持たせないでくれよ。あれはきちがいだ。きちがいに刃物は持たせちゃだめだ」朝野は重々しく頷く。「絶対にだめだ」

 朝野は話題に参加する意思を持たない。どれだけ好意的に考えても、演説の女は異常者としか定義できない。朝野は平均からマイナスに逸脱している特性はどんなものであろうと好まない。だからサーシャの興味深そうな様子がまるで理解できない。
 話題と自身とが没交渉であることを知ると同時に、彼の手は本の整理を再開している。図書館部の上級生に依頼された朝野の仕事は、返却された古い蔵書が図書館のどの場所に返されるか分類し、整理することだ。そこに奇人との雑談は含まれていない。早々と部活を切り上げ図書館の朝野を訪ねてきたサーシャほど、朝野は好奇心が旺盛ではない。サーシャは物好きすぎる。さらに光線を強める陽射しに目を細めて朝野はそう思う。
 日焼けは本の大敵とされている。だから西日が痛いほどに差し込んでくる図書館のその一角に、棚は置かれていない。どれだけの間夕陽に浴したのか、床や壁は色さえ室内の他の場所と違っている。朝野は故意にそこに腰を据えて作業に没頭している。彼は水に絵の具を垂らしたような色彩を好んでいる。西日に灼かれた景色はその嗜好に比較的適合している。
 影の女が演説を再開する。

「家族は死んだ」
「……もしかして、最初からやり直す気かな」

 サーシャが面白そうに呟く。朝野はうつむき、もう何も答えない。

「欠落は埋葬されるべきなんだ。きみには家族が必要だ」

 女はそう断言する。

「わたしのこと?」サーシャは戸惑い、目を白黒させる。「家族なら、いるけど。一応」

 その時、けたたましい笑い声が響き出す。報知器のようにその哄笑は騒々しい。甲高く、耳に障る。サーシャが突然の出来事に驚いて肩を震わせるのを朝野は目撃する。笑っているのは朝野ではない。もちろん驚いたサーシャでもない。そうなれば、この場に残った人間はあと一人しかいない。朝野はしぶしぶ、目を細身の影へと戻す事にする。
 女は相変わらず太陽を背負っている。その総身は後光に晦まされる。輪郭と声だけが女が女であることを朝野に教えている。自らの内部に女に対する恐怖と戦慄と嫌悪が広がっていくのを自覚する。全身を震わせて笑いつづける女を醒めた顔で見て、浅野は確信を深める。
 こいつはきちがいだ。
 ひきつったような笑い声は、数十秒の間続き、そして途切れる。

「ごきげんよう」

 女は素早く身を躍らせ、朝野とサーシャの視界から消える。呆気に取られたサーシャが、解説を求めるように朝野を見つめる。朝野は首を振る。この世には狂人という親切な言葉が存在するのだ。その定義にぶれはない。もしサーシャがその言葉を知らなくとも、今日からは困ることはない。気が狂った人間とは何を指すのかと問われれば、影の女を思い浮かべればいい。朝野もきっとそうするだろう。
 図書館の中には、常に低音量で何らかの曲が流されていたのだ、と朝野はようやく思い出す。そのとき流れていたのはクラシックである。しかしそれがラフマニノフのピアノコンチェルト・二番だと朝野は知らない。
 彼は夕焼けの中で、見つつ見ていなかった本の山に意識を戻す。塵埃にまみれて擦り切れた表紙の並びに、作業を依頼した上級生の顔を思い出す。次にキャスターに山と詰まれた本の中から一冊を選び手に取る。頁をめくり、まるで内容に興味が湧かないことを確認する。早々と閉じられた本は背表紙のナンバリングにしたがって机の上に積まれる。かびのような匂いが立ちのぼり彼の鼻をつく。
 サーシャがあくび混じりに呟く。

「なんだったんだろうね、今の。たぬきに化かされたみたい」
「古風すぎて斬新な意見だね、それ」

 どうして狐じゃないんだ、と聞こうとして、朝野は彼女が読んでいる本が『日本の昔話』であることに気づく。きっと今読んでいる箇所に人を化かすたぬきが出ているに違いない、と推察する。あるいは単に、華僑の娘が狐よりも狸を贔屓しただけの話なのかもしれない。
 朝野は退屈な作業に没頭しようとして、できないことに顔をしかめる。陽射しが強すぎて集中を妨げるのだ。もう十分も耐えれば空間を満たす鮮烈な橙も消える。しかし本とにらみ合う朝野にとって十分は長すぎる。朝野は立ち上がり、開かれたままのカーテンへと歩き出す。
 朝野とサーシャが居座る読書スペースは、本棚と壁に囲まれた長方形だ。光が差し込む窓から二人がいる場所までには等間隔で五つの机が並んでおり、それぞれ長方形の対辺になっている。
 薄いカーテンの生地に朝野は触れる。

「眩しい、」

 その肩を白い手がつかむ。

 ‡

 白い手は肩から朝野の首へ這う。そして顎へ到達する。強い力で顔を固定され、朝野は振り返ることができない。あまりの驚きに声も出せない。ただ一本の細腕が、千条のいばらのように朝野を拘束する。
 朝野は背部に人間の柔らか味を感じる。白い手の持ち主である。彼は男の硬質さがそこにないことを悟る。電撃的に、今の今まで戯言を吹聴していた影の女を連想する。そしてその連想は誤っていない。
 ついぞ他人に許したことのない距離に女はいる。いや、と朝野は否定する。家族さえ、ここまで無防備な彼の心身を捕らえたことはない。

「ふっ」

 朝野の耳元に息が吹きかけられる。皮膚があわ立つより先に言葉が息を追いかける。

 ――欠落は埋葬されなければならない。

 手が離れ、足音が離れていく。
 力無く振り向いても、女の後姿は消えている。ずいぶんと遠くで腰を浮かせたまま硬直しているサーシャを眼にして朝野はぎこちなく笑い、虚勢を張る。

「痴女だ」

 首筋には吸われた感触がある。その場所はうっすらと赤らんでいる。夕焼けが終わる頃、青紫へと変色するだろう。
 ピアノコンチェルトが終わる。朝野は次の曲が始まるまでの空白を、立ち尽くして過ごす。

 ‡

 朝野真午は自身の未来について何も知らない。漠然と想像していた行く末が何もかも消えることを考えてもいない。この日の影の女を〝ハイノミ〟と呼ぶことも、彼女の死を自分が看取ることも、彼は想像さえできない。
 おそらくそのときが来る一秒前になっても、彼はその未来を否定する。


―――→ A Boy Cannot Dream.

 
 

 

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[ 2006/02/02 21:56 ] A-B-C-D | TB(0) | CM(1)
まあ…
なんていうの?
奇を衒った文章の典型的ダメケース。
本文からは普通に書くことにしますよ、ええ。
[ 2006/02/04 00:27 ] [ 編集 ]
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