インクナブラ

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弧人の群・5 

 ちょっとずつでも書いていきたい。

【弧人の群】 これまでのあらすじ
 領家でも浮いている末娘に半ば愛妾としてひいきされ、仲間から冷遇を受けているルゥは不具の魔女の介護人。いつもと同じように唯一の対等なおしゃべり相手である魔女の世話をして水を汲みに行くと川で死体を見つけました。

 間の空いたせいで明らかにぽっかり浮いている主人公のスキル公開編。

 
4.戮殺森林



 比較的若いその従士はイェディクといった。若いといってもルゥよりは年上で、ラランド家におけるたいていの使用人と同じく決して仲は良好ではなかったが、付き合いは長い男だった。
 イェディクは身長と同じく顔も縦長で、造作全体が彫りだしたように無骨な目鼻立ちをしていた。反面くぼんだ眼窩にはまった眸は小動物のように機敏で丸っこく、それが彼という男の全体的な印象をずいぶん和らげている。異国の子供を連れて主人の前に立った彼は、ともかくもなんと切り出すべきか困りきっているようだった。
 逃げないようにという配慮なのか、イェディクにきつく腕をつかまれている子供はさすがに萎縮していた。若い従士の愛嬌ある顔立ちもこの子供を解きほぐすには力不足だったらしく、警戒感と不安をたっぷりに乗せた態度で何度もアルマとルゥに落ち着きない視線を送っている。
 防寒着の下にのぞく子供の肌の色を見、日に当たりながらルゥは目を細めた。
 アルマも同じ感想を持ったようで、咎めるようにイェディクを見た。

「近在の村の住民じゃあないな」
「ええ、まったくで、はい。おれもそう思ったもんですから、これはぜひお嬢さまに指示を仰がねばと思い、急いで取って返してきちまったわけで」
「ということは、コンラッドはひとりで村に行かせたのか?」
「コンドラート、コーニャのやつは」

 と、イェディクはわざとらしくアルマの発音を正した。「もともとはあいつが二手に別れようって言い出したもんで。はい、村にはあいつが一人で向かってます」
 アルマは気にするそぶりもなく、わかったと短く応じた。だんまりのままの子供に視線を転じて呟いた。

「口が利けないわけじゃないな? 言葉が通じないのか」
「そうなんです。まったく、厄介なことにこのガキ、こっちの言葉がわからねえみたいです。こんなのがひとりで国境を越えてきたとも思えねえから、たぶん隊商かなにかからはぐれたんでしょう」
「子供、名前は?」

 イェディクの言葉を無視して、アルマがいった。この管区では使われていない言葉だった。従士は目をしばたかせ、子供の見目にも変わったところはなかった。アルマは咳払いして、さらに同じ質問を、べつの言語で続けた。
 地理的に断絶された生活圏が多い央国では、土地によっては会話が不可能なほど言語が訛ることも少なくない。アルマが繰り返すのは、その中でも代表的な方言を選んでの言い回しだった。
 だが持ち弾が尽きても結局子供が目立った反応を見せることはなかった。彼女は渋々といった様子で、今度は完全に体系のことなる言語を繰り出した。西、北、南と思いつく限りの言い回しを試し――

「……っ」

 とうとう子供が肩を震わせたのは、東方の言葉まで持ち出したときだった。あたりか、とアルマは露骨に顔を歪める。不機嫌さを隠そうともせず舌打ちすると、ルゥを振り返った。

「おまえの出番だ。聴取しろ」

 その要請もイェディクが見せた露骨な嫌悪も、ルゥにとっては案の定だった。粛々と頷いて、固い顔を崩さない従士の前に立った。

「どいてくれ」

 あっさりと退いた古馴染みの取る、忌々しげな態度にはいつまでも慣れない。ちくと胸を刺す痛みを表出させないよう苦労して、アルマに目線を送った。この場にイェディクをそのまま置くわけにはいかないわけがあった。

「わかるだろう? ああ、おまえ」

 と、ぞんざいな口調でアルマはイェディクに向かい顎をしゃくった。

「あっちへ行っていろ。そうだな、水路の連中にもう引き上げるよういっておけ。じきに人手も着くだろうしな」
「へえ」と卑屈な笑みで従士は応じた。去り際に軽蔑の一瞥を置いていくことを忘れずに。

 白い息を落としながら、やれ、とアルマが命じた。ルゥは変化した空気にますます緊張し、後ずさろうとした子供の肩に手を置くと、微笑んだ。

【こんにちは。ぼくはルゥっていうんだ。よかったら君の名前を教えてくれないかな】
「……え?」

 はっきりと、子供が戸惑いの感情をあらわにした。ケーバ帽の下にある耳に手を当て、訝りが瞳を埋め尽くした。きつく結ばれた紐の最初の綻びだ。ルゥはたたみかけた。

【ぼくの言葉はわかるよね。わかるなら、頷いてみて】
「……わかる」

 恐る恐るといった具合に、子供は頷いた。

【よし。じゃあいいね。もう一度いうよ。ぼくはルゥ。きみの名前は? 知り合いはきみのこと、どんなふうに呼ぶ?】
「ミカサ」

 馴染みのない音韻だった。まず間違いなく、異郷の出であろう。
 年齢のいかんなく、公用語も使えない人間が一人で旅をすることは難しい。じっと目前の子供を凝視し、立ち居振る舞いから教養の程度を見透かそうとして、ルゥは鸚鵡返しに音を繰り返した。

【ミカサ、で合ってる? その名前に意味はある?】
「意味? わかんない」ミカサは首を傾げた。黒い瞳には利発な光が宿っている。「おれはジョシュの弟分だよ。隊商で働かせてもらってるんだ。いや、それよりさ、あのう、お兄さん? これいったいどういうこと? おれ、なんでお兄さんの言葉がわかるの? これ、どういうふうに聞こえてんだい?」

 ミカサ。脳裏で音を転がしながらも、ルゥは打ち解けやすさを装う笑顔を消さなかった。同時に、恐怖や不安ではなく好奇心が先に立って早くも質問を始めた子供、ミカサに対してじゃっかんの期待感のようなものも覚えていた。

【うん、ミカサ。わからないことは多いと思うけど、それはぼくも同じなんだ。だからお互いにまず質問を順番にしていこう。さっき、ぼくは名前を聞いたね。それにきみはちゃんと答えてくれた。だから今度はぼくがきみの質問に答える。わかった?】
「わかった」

 勢い込んで、ミカサは三度首肯した。それで少なくとも、肯定の身振りが互いに共通していることは明らかになった。ルゥは半ば演技を放棄して頬を緩める。ミカサというこの子供は思った以上に飲み込みが良い。
 ミカサがつぶらな瞳でルゥを見上げた。半信半疑の表情から、何を質問に選ぶかは簡単に予想することができた。

「ねえ、お兄さん。お兄さんの声は、俺の頭の中に直接聞こえてるみたいだ。いっていることもわかる。これはいったいどうなってるの?」

 やっぱり、そうくるか。
 言い訳を頭の中で幾通りも用意しながら、ルゥは胸より下にある顔と、視線を平行にした。





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[ 2006/10/29 23:45 ] 弧人の群 | TB(0) | CM(0)
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