インクナブラ

 主に創作小説を掲載します。

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もう誰も彼をデンジャラスライオンとは呼ばない 

てっきり加藤とかまだサンドバッグにいるのかなとか、末堂なんで生きてるんだとか、夏江さん結局無事だったのかよ! とか、神心会関連にはブラックボックスが多いものです。意味がわからない人はすいませんね。刃牙ネタです。

小学生みたいな時間に眠りについたらこんな時間に目覚めてしまったので急遽三十分くらいで愚にもつかない掌編をでっちあげました。きょこうが難航してるから。正直に言うと、またぞろ話が伸びちゃってるから!

というわけで掌編。なんかまあ、へんに気取るとこうなるんだよなあという典型みたいな話でございます。



 師匠のガヴァネスとしての顔は厳しい。穏やかだけれど、甘えを許さないこわさがある。だから彼女がいくら愛嬌のある見た目をしていたって、ぶしつけに見つめて笑うような真似をしてはいけない。それが、ぼくが師匠から最初に学んだことだった。
「今日からあなたに語学と歴史、幾何学を教えることになりました。それにあたってわたしからあなた、ノエルくんにひとつお願いがあります」
 彼女はつややかな栗色の毛の下に、つぶらな瞳をきらきらさせてぼくを見た。
「はい、先生。なんでしょう」
「ええ、その先生というのをね。やめてもらいましょうか」
 その日、新しい教師に引き合わされて、ぼくはそれなりに緊張していた。屋敷の中でひとり、庶子であるぼくは、差別こそされていないものの、それだけに他人の視線に対して敏感だった。おまけにひどく人見知りするたちだったので、その緊張は確実に見透かされていただろう。だから打ち解けようと思って彼女はそんなことを言い出したのだ。ぼくはそう合点した。
「では、名前でお呼びすれば? ですが、それは失礼に当たります。父にも怒られます」
「いえ。わたしは会ったばかりのヒトに馴れ馴れしくされると、それはもう鬱屈する体質です。ついでだから釘を刺して起きますが、間違ってもわたしをファーストネームで呼んだりしないように」
「先生のファーストネームっていうと――」
 茶目っ気を出して名前を口にしてみると、温厚そうな顔が一瞬で険しくなった。ぼくとしても、出会ったばかりの教師との仲を険悪にしたいとは思わない。しじゅう二人きりで顔を付き合わせる相手なのだ。関係がよいに越したことはない。
「軽率でした。もう呼びません」
「よろしい。理解が早くて助かります。さて、話を元に戻しましょうか。以後、わたしのことは先生ではなく師匠と呼んでください」
「シショウ?」
「師匠です」師匠はフフンと鼻を鳴らしそうだった。
「理由を聞いても?」
「そう呼ばれるのが、夢だったのですよ……」
 父も妙な家庭教師を雇ったなあと、先行きに不安を感じたのをおぼえている。
 しかし、多少キテレツなパーソナリティにもかかわらず、師匠の教えはわかりやすかった。もともと好きだった幾何学はともかく、暗記することにちっとも意味を見出せなかった歴史に興味を持たせた手腕は、それなりに見事だったと思う。

「ノエルくんは歴史が嫌いなのですか」
 歴史となるととたんに気がそぞろになるぼくを見かねてか、師匠は首をかしげながらそう言った。咎めるふうではなかった。
「嫌いというわけじゃありません。つまらないだけで。むかしのことを覚えたとして、それがこの先何の役に立つっていうんです? 師匠、ぼくにはようようたる明るい未来が開けてるじゃないですか!」
「ですがノエルくん、過去あっての未来ですよ」
「それにしても、おおむかしのヒトの舌を噛みそうな名前まで覚える必要があるでしょうか」
「そうですね。確かに必要はないです。歴史は取りやめにしましょう」
 はふんと息を漏らしながら、師匠はさっさとテキストを閉じた。ごねてはみたが通るとは思っていなかったぼくは、呆気に取られてしまう。
「ではあなたの好きな幾何を重点的に進めましょう――」
 図形と数字。それに公式。定められたルールにのっとって解くパズルに向かえば、ぼくは時間を忘れられる。予定されていた歴史の時間を大幅に奪ったおかげで、師匠が用意していた問題をすべて解き終わっても、だいぶ時間が残ってしまった。さすがに頭が疲れて、ぼくは師匠が淹れた珈琲を飲みながら、採点をする毛並みのよい頭を眺めていた。ところで、答案に向かったまま、師匠は不意に口を開いた。
「ところで、この数式を発見した学者が、処刑によってその生涯を終えたことはご存知ですか?」
「いえ、知りませんでした。どうして処刑されたんです?」
「それはね、まさしくこの数式を発見したためですよ、ノエルくん」
「ははあ。師匠、かつごうったって無駄ですよ。そんなばかな話があるわけない」
「ところがノエルくん、実際にそんなばかなことがあったのです」
「ホントですか? いったいなんでまた」
「なぜ、ということを説明するには、まずその背景を説明しなければなりませんね。まず、この数学者の生まれから順を追って話していきましょう。彼が生まれた時代は、人も獣もひとしく飢えた時代でした。巷間には迷信がはびこり、信仰は人々にとって救いではなく暴力となりつつありました。そんななか、彼はある街の酒屋で暮らしていました。もともとは名門の家だったのですが、混迷の時代です、はかなくもお家は没落してしまったのですね」
「不幸だったんだ……」
「そうでもありません、この時点ではまだ。さて、彼の両親はね、ノエルくん、あなたのお父様のように教育に熱心なかたではありませんでした。むしろ無関心であったと言ってよかったでしょう。何しろ家族を養うというだけでも大変な時代でしたから、それは無理はないのかもしれません。さらに彼は幼い頃病気にかかり、眼を悪くもしていました。しかし勉強はよくできたので、通っていた学校の先生のすすめもあってさらに勉強をつづけ、やがて天文学の才能を開花させました。しかし――」
「しかし?」
「おっと、時間です。答案をお返ししますね。よくできていましたよ、ノエルくん」
 その小さな手が紙切れを差し出してくる。添削はゼロだ。けれど、ぼくの関心はもう移っていた。
「それはもういいですから、師匠、その先はどうなったんですか?」
「ノエルくん、いまは幾何学の授業の時間ですよ」
 師匠はその先を語らなかった。結局ぼくは師匠から本を借りて、自力でその数学者の遍歴を調べ上げたのだった。次の歴史の時間、ぼくは言われるまま、調べた結果をまとめあげて発表した。師匠は満足げだった。
 さすがにもう嵌められたことに気づいていたけれど、文句をいったりはしなかった。

 それから五年ばかり、師匠はあまり素直な生徒とはいいがたいぼくを、あの手この手で導いては篭絡したりしなかったりした。その過程で理解したのは、彼女がとても頑固で執念深い性格をしていたということだ。一見大人しく諦めたように見せたときこそ、要注意なのである。気づけば彼女はその鋭い牙で、ぼくののど笛を狙っている。
 たとえばぼくは、音楽が好きである。そして音楽の教師は別に居る。ある日ヴァイオリンの演奏に熱中するあまり、師匠の授業に遅れたことがある。
「なるほど、ノエルくんはよほど音楽が好きなんですね。わたしの授業の時には、ぜったいに終業の時間を見逃したことなんかないのに。ふーん、ふーん! どうせわたしは楽器のひとつもできませんとも!」
「それはまあ、構造的に無理があるでしょう……小さいし」
「どうせ、どうせ!」
「そんなに怒らないでくださいよ」
 悪いのはぼくなので誠心誠意謝ったのだけれど、師匠はその瞬間に何事かを決心したようだった。あくる日からしばらく、彼女は授業中に妙なそぶりを見せるようになった。顔色がわかりにくいので確信は持てなかったものの、どうやら眠れない日々が続いているらしい。それでも授業はきっちりと行っていたから、ぼくは不思議に思いながらも問題を解いた。
 二週間ほどが過ぎて、休日に得意満面の師匠が現れた。
「師匠、今日は授業はないですよ」
「しっていますとも」
 と、師匠は胸は叩いた。
「今日は、ノエルくんにわたしのオルガンを聞かせてあげにきたのですよ! さあ、弾きましょうか! ほら、ノエルくんもヴァイオリンを持って!」
 そうして、即興の演奏会が催される運びとなった。ぼくは興味深げな姉や妹の前で、先生とふたりで流されるままに弦を弾きながら、思ったものだった――師匠はひどい負けず嫌いなんだなと。
 師匠のオルガンは、びっくりするほど上手くはなかったけれど、それでも意外と聞けたことを追記しておく。

 雪遊びがはしゃぎまわるほど好きで、教養にあふれ、頑固な師匠の身長を、ぼくはいつの間にか追い越した。それに気づいたときには、ふたりで顔を見合わせ、おかしな気分で苦笑しあったものだ。関係が変わらないまま、視線の位置だけが逆転した。それがどうだっていうんだろう。
「ノエルくんももう一人前ですねえ」
「やめてくださいよ。まだまだ学ぶことがたくさんあります」
 師匠は優雅にあごを引いて、瞳を伏せた。
「そういうせりふが出るようになったら、じき一人前ですよ」
 そんなやりとりのあったすぐ後、五年目の夏が終わる前に、師匠は体調を崩した。風邪ですかね、なんて彼女は笑っていた。実は、師匠はあまりからだが強くない。小柄で、教師をやっている間にも、一二度、療養のためしばらく休むことがあった。心配になったぼくは柄にもなく、彼女にしばらく休んではどうかと遠まわしに勧めてみた。
 師匠はひどく心外な様子で、「なんでそんなことをいうのです」と言った。
「だって、体を壊したら元も子もないでしょう」
「自分の体のことですから、お医者様ほどとはいいませんが、いくらかは把握してます。わたしだって、無理のしどきくらいは心得ていますよ。そんなことより、さあ! 今月中にこのテクストを終わらせてしまいますよ!」
「わかりました。そのかわり、終わったらちゃんと体を労わってくださいよ」
「善処しますよ、ノエルくん」
 宣言どおり月末までに教科書を一冊終えた。師匠は咳き込みながら、嬉しそうに何度も頷いていた。ぼくも誇らしい気持ちで、約束どおり休暇をとるように言った。先生は一瞬だけ寂しげに俯いたあと、
「はい」
 と答え、胸に本を抱いて、ぼくをじっと見上げた。
「……なんですか」
「いえ。ノエルくん、大きくなりましたね」
「今更ですね」
「今更ですか」
 それもそうですねと笑った。
 その日が最後の授業になった。
 冬が来る前に、師匠は死んだ。
 父が言うような、新しい家庭教師に師事する気にはなれなかった。

 ぼくは春から屋敷を離れ、寄宿学校へ通うことになった。都会は色々と刺激や誘惑が多い。師匠が聞いたならいろいろと小言を言いつけられるだろうなと、ありもしない情景を想像して、馬車の中でほくそえんだ。
 あぜ道を揺られて進みながら、師匠に学んだ五年を反すうばかりしていた。涙は出なかったが、それよりももっと深いものが、ぼくの体から流れ出ているような気がした。
 思い出に浸る内に、すぐまどろみに襲われた。

 ※

 新しい環境にも慣れたころ、実家から手紙が届いた。父と妹と姉と叔父叔母の手紙をそれぞれ流し読みして返事は一通でいいやと考えていると、もう一通、ずいぶんと薄い手紙があることに気づいた。宛名には『わたしの最後の生徒へ』とあった。
 師匠からだとすぐにわかった。
 丁寧に包装をといて、中身を取り出した。羊皮紙に弱々しい筆跡で、短いメッセージがつづられている。
 末尾には、彼女が嫌っていたはずのファーストネームがサインされている。
 顔も知らない母と、それは同じ名前なんだ。
 ぼくは手紙を慎重に折りたたんで机の一番深い場所にしまうと、すぐベッドに入って、深い深い眠りに落ちた。


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[ 2008/08/20 03:45 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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