インクナブラ

 主に創作小説を掲載します。

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3で終わる(未完) 

いつまで経っても終わらないなんてラチが開かない!
というわけでちょっとずつでも書き進めていくキョコウ3
短編てほんと一気に書かなきゃ駄目だわー。

キョコウ
 
前回までのあらすじ
人外系ママン(義母)に育てられ物語ばかり読んで世捨て人暮らしを営む名無しの主人公の元に体つきがエロイ褐色ボク娘押しかけヒロインがやってくる。そして石像と人間のあいだみたいなオブジェクトをどうにか起動させようと二人は頑張っていた。





 さて、見識のあるぼっちゃんならばご存知でしょう。かの偉大なるアッラーの御業に浴し旦夕祈りを捧げるのがこの世の昼とすれば、その裏面もまた存在するのです。ボクは――今となってのかれらは、そうした夜の民とでも呼ぶべき昼の隣人でした。ただし決して相容れぬ隣人です。なぜならばかれらは特定の教義を持ちませんでした。まあ別に珍しいものじゃありませんが定住もしませんでした。夏から秋へ、秋から冬へ。季節ごとにチャドルを張って、ときが至れば家屋をたたみ、らくだのカタル(縦隊)を組んで家畜を引き連れ、尾根に沿って北へ南へ行ったり来たり、しておりました。時おり街のバザルを訪れては、乳や塩や毛を売買してたつきとしておりました。そう、ぼっちゃんとボクが今いるこの土地からはずいぶん北にいたころの話です。かれらは遊牧の民でありました。ごく小さく、大きな力を持つ氏族らに目をつけられぬよう、ほとんど数家族の単位で群れを維持しておりました。そんなわけですから当然、文化の程度もたかがしれるってものです。そしてかれらは、信じがたいことに、神々を信じたり信じなかったりしました。家ごとに崇めるものが違っていました。一見すると奇異に映るのがかれらの生活です。とりわけくだんの預言者やその累に異論を持つものですらなかったのですが、ともかくも異教徒ではあったのでしょう。かれらはとある偶像を奉じていたからです。
 その偶像の名をルールーンといいました。
 真珠の翁と呼ばれる失名者です。かれはまた、かれらのもっとも遠い親でもありました。かれらのいちばん若い世代の、親の祖父、そのまた祖父の祖父の祖父の祖父――それよりさらに倍は遡ったころの祖でした。ですからまず、かれのことから語り始めなければならないでしょう。
 まず失名者とはなんなのか? 精霊とヒトのあいのこであるといわれます。しかし精霊は果たして生殖するのか? 答えは否です。さて、もっともはじめの失名者とは詩人でありました。そのとおり、いにしえの昔、この沙漠は、沙漠が沙漠でなく草原であったころ、失名者で溢れていたのです。精霊で満ちていたのです。彼らは名を捧げるかわりに才を得ました。神がかりとなりました。汲めどもつきぬ詩想を得たのです。それが失名者の発端です。
 詩とは神の言葉です。
 誰もが畏敬し服従せざるをえないちからがありました。いまでは日々の歌に埋もれる詞には、かつてそうした力があったのです。そのもっとも秀でた行使者たる失名者どもは言わずもがな手に入れたその超越的な力によって権勢を振るいました。望まなくとも押し上げられました。かれらの存在感はそれほどにひとしおだったのですから。かれらはいわば為政者の原型でした。王の前身でした。
 しかし名を失うということは、人々の目から消え、耳から遠のき、口に上らなくなるということでもあります。失名者はちからを手に入れほどなくして、元いた居場所の人間全てから忘れられてしまいました。そうなった失名者はすでにあいのこですらありませんでした。ヒトからかけ離れすぎていました。むしろ精霊の側へと足を踏み入れてしまったのです。また誰からもすっかり忘れられてなお、意固地にヒトに寄り添おうと考える失名者は稀でした。
 真珠と呼ばれた失名者は、まさにその稀有な例なのです。かれの出自は謎です。やがてかれを奉じるかれらと同じく遊牧の民であったとも言います。大きな街で私塾を開くようなえらい学者どのであったとも言われます。また高度な教育を受けた奴隷だというものもあったかもしれません。いずれも闇の中です。なぜならば真珠の翁からは個というものが失われて久しいからです。かれすら己のことは知らないのです。覚えてないのか、忘れてしまったのか、はたまた最初からそんなものは存在しなかったのか、まあこのいずれかでしょう。肝要なのは失名者にとって過去とは無価値だと理解することです、ぼっちゃん。
 かれらは生きていません。数を数えません。子を為しません。名前をつけられません。かれらは強力ですがただそれだけでした。雨や風や嵐や光と同じものでした。個名の忘却を宿命付けられたたんなる現象でした。でも心を持っておりました。それはかつての名残です。ただ失名者をみじめにさせるだけのものかもしれません。結局のところ今もってなお稀に起こり、絶えつつある失名者にまつわる悲劇というのは、かれらが人間でもないくせにその皮をかぶりつづけるという習性に根ざしております。これにはひとつの例外もありません。人間でなくなったヒトモドキは心の形骸が命じることしか、やがてしなくなります。かれらの胸の太虚には常にひとつの志向だけが存在しています。ほかには何もありません。情緒も博愛も何も。一切。無在なのです。
 ほら、不満そうな顔になりましたね。
 わかりますよ。あなたは情を持っている。あの『鏡』のジンニーヤに。はっは、それをボクがどうこうはいいやしませんよ。あざけるつもりも、尊ぶつもりもありません。それは自然なこころです。相手がどうあれあなたがそうなら、それはそれでいいのです。
 あら、話がずれました。いまはルールーンという失名者の話です。
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[ 2008/11/21 00:16 ] 小説 | TB(0) | CM(0)
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