インクナブラ

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夜明けのエディプス・6 

 そして6
 残すは短いエピローグのみです。
 ついて来てるやつはいるかー!

 対峙は一瞬だったのか、それとも永遠だったのか。わからない僕は刀をかつぐように構えて祖父の形をした恐怖に向き合う。祖父はやはり大上段に構えて僕を狙う。不用意に間合いに入ることはもうしない。ただきりきりと糸を巻くように緊張感だけが高まっていく。
 はあ、と僕はため息にも似た吐息を落とした。それはたぶん憂鬱で、そして緊張で、若干の気恥ずかしさがまじった吐息だった。
 ずいぶんと間抜けだ、と僕は自嘲する。発作的に笑い出したくなるのをこらえる。考えるまでもなく、刀と刀を振り回したところで、これは親子喧嘩にすぎない。そう思うと僕は笑ってしまいたくなるのだった。あまりの陳腐さに笑い出したくなって、でももう迎えるしかないひとつの結末を思って、泣き出したくなるのだった。
 それでも、僕たちは約束事なんてなにもない殺し合いを始める。僕が、きちんと僕を始めるために。僕が、きちんと祖父を終わらせるために。
 僕は向かい合う。僕は僕を痛めつけてきたものすべてに刃向かって、僕を抑えつける暴力を、これを暴力でもって駆逐する。
 血は血でしか洗えないしあがなえない。痛みは痛みでしか塗りつぶせない。
 そして僕はいいかげん、この不毛の眠りからさめなくちゃいけない。
 名前の無い猫のまま死んでしまうわけには、僕はいかないのだ。

 向かい合った祖父。刀を構えた祖父は、いつだってそうであるように、とても大きく感じられる。はるか遠く感じられる。僕は、よくないと思いつつも疑ってしまう。はたして、いくら呆けていようが、僕にこの祖父を超えることはできるんだろうか? と。
 いつか、祖父になぜ剣を使うのかと訊いたことがあったような気がする。それに祖父は人を斬ってみたかったからだとか、とにかくそんなふうに答えた。そしてそれだけを考えて、実に半世紀ものあいだ、祖父はその技術を研磨してきたわけだ。どうあがいたって、僕と祖父とのはざまにある技術の差、経験の差、もろもろの全ての差は埋めようはない。
 かたや僕は祖父を殺すためだけに、十年以上ものあいだこんないまどき何の役にもたたない技術を磨いてきた。痛みのなかで爪牙を研いできた。ただ、祖父を殺すための手段として、与えられたこの得物を選んだ。
 つまりはそういうことだった。剣は侍の命とかいうけれども、僕も祖父も侍なんかとはまったく関係ないし、得物にツール以上の意義を見出す余裕もない。若者らしい金属バットとか効率優先の鉄砲とかだって、なんならかまわなかったんだと思う。
 だから僕も祖父も葉隠の金言になんてなんの価値も見出してはいない。死ぬことが武士道の帰着だというならば、かってに死んでいればいい。僕は死なないし、祖父を殺して生きていかなくちゃいけないんだからそんな言葉は丸めて燃やして捨ててしまう。
 それでも山本常朝だとかいう人はいいことだって言っていて、今日このときばかりは僕もその言葉にあやからなければいけない。だから刀を構えながらその言葉を繰りかえす。呪文のように、死にもの狂いという言葉を考える。
 分別は要らないし正気も要らない。僕は、狂ったってこの溝を埋める。
 祖父を殺さなければいけない。いいかげん醜く終わってしまっている僕の大嫌いな祖父を終わらせてあげなければいけない。僕が、なんのあとくされもなく朝に出ていけるように。

 そして夜明けが始まる。

 踏みだした一歩に反応して振り下ろされる神速の一撃を、僕は見ることはしない。軌跡だけを目測して半身にひねった体の真横を死が通りすぎていく。黒塗りのそれは、今度は木刀ではなくて真剣なのだと今ごろ気づいた。だけど問題はない。時代劇じゃあるまいし、僕の刀で祖父の一刀を受けるなんてばかな真似は二度としない。
 通り過ぎていった白刃をみおくることもなく僕は全身を鞭のようにしならせて祖父の首を狙う。はじめて冷静に振った人を殺すための一刀は、おどろくほどに洗練されていた。だがそれも祖父の首の皮を削るだけに終わる。通り過ぎていったはずの刀がひるがえって僕を狙ったのだ。ほとんど倒れこむようにして僕はその一撃をかわす。地をこすって立ち上がろうとして、
 上段に振りかぶった祖父がそこにいる。
 冷風が吹いた、そう認識しながら、僕は片膝を地に着いた姿勢で刀を振るう。あきらかに祖父の一撃の方が早いと知っていて、それでも僕は刀を振るう。何を思っていたかというと、何も思ってはいなかった。無我の境地というものがほんとうにあるとしたら、きっと僕はそこにいた。感情は凪いで、僕は湿った風を断ち切りながら落ちてくる祖父の剣を、たしかにとらえていた。冷静に、冷静に、冷静に、そんな言葉は死ねばいい。僕は刀ではなく振られている祖父の手元を注視している。そこだけをみて僕の刀を振るう。死に物狂いになりながら、零下の温度で僕の脳髄はその死角を認識していた。僕の、祖父の剣に神髄とか秘奥とかそういうものはない。そもそもどうすれば人は死ぬか、死なないか、痛いか痛くないか、僕が祖父の暴力から学んだのはそれだけだ。だから僕は死なないために剣を振るう。殺すために剣を振るう。
 低い位置にある僕の頭を割ろうとして振り下ろされる腕は、僕からはしごく見やすい。
 すっと、まるで糸を切るようにその斬撃は成った。成ったと思ったときには祖父の手のなかに刀はない。中空を泳いで、夏の空気に舞っている。
 僕が斬った祖父の指と一緒に。
 その指が落ちる前に、その傷から血がしたたる前に、祖父が僕に斬られたと気づく前に、僕は降り戻した刀を構えている。目を疑うような速度で振り下ろされたからっぽの腕の向こうに祖父の首をとらえている。
 さよならを告げることはしなかった。ただ、と思う。あの日、とつぜんに狂った僕が祖父に向けてまるでなっていない刀を振るったとき、祖父はどんな顔をしていたのか。
 
 きっと。今みたいに、僕を見ておびえていたのだと思う。

 じゃあね、と僕は思った。死にゆく祖父に、微笑を向けながら。
 そして、振りぬいた刀が祖父の首を通り抜ける。
 夜が、終わった。
 同時に刀もあてどをなくしてどこかに消える。僕は片膝をついた姿勢のまま、仁王立ちして首から血のしぶきをあげている祖父を見送っている。降りかかる血の熱さは、この胡乱な現実が、それでも現実であることを支持していたけど、僕はもうそのことについてどうとも思わない。
 なんの感慨もないそれが殺人なのだと、嘔吐をしながら刻み込む。これが祖父につけられた僕の最後の傷だと、深く、深く。

 東から太陽はのぼって、夜の残滓をぬぐいさっていく。黄金色の光にさらされた血まみれの僕は、この夢と現実のあわいで慟哭する。崩れていく世界を、終わってしまった僕を、今生まれた僕を、思いながら泣き叫ぶ。夜の終わりを謳うようなそれが、この辻に吹く最後の風だった。




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[ 2005/12/17 23:04 ] 夜明けのO | TB(0) | CM(0)
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